仕事の悩み

「仕事が辛い!仕事が苦しい!」仕事で悩んだ体験談のまとめ。

その1.地元の小さな企業のねちねちした人間関係。のんびりとした空間に耐えられず辞めました。

 

関東出身、30代後半の現在は主婦・女性です。

 

少し前になりますが、関西の大学を卒業した後に引き続きその土地にて就職しました。当時23歳でした。

 

地元に根差した小さな企業で、良く言えばアットホームですが悪く言えばひどく閉ざされた世界です。私は一応事務職で採用されたのですが、実際には掃除や庭仕事、お茶くみに台所仕事など、一切合財の雑用も引き受けていました。

 

その仕事内容については、事前によく話を聞いていましたし、またこのような小企業ではそういうこともあるんだろうな…と思っていましたので、特に異存はありませんでした。

 

ただ、非常に困ったのはねちねちとした人間関係です。

 

ほとんどが年配世代の会社だったので、私はとにかくからかいの対象になりました。「関西弁が下手だなあ」と、あからさまに言われたり、「東京の言葉で気取っちゃって」などと言われるのです。一生懸命私なりに真似をして関西弁でしゃべれば、それもまた面白がってネタにされました。

 

また、言葉以上に嫌だったのが、外回りで働いているおじさん世代からのセクハラ発言です。

 

私は色気がないだの、もっと女らしい恰好をしろだの、馬鹿馬鹿しい指摘を毎日のようにされました。それも我慢できますが、この人たちに学歴に関する中傷を言われた時にはさすがに切れかけました。

 

4年間一生懸命研究に励んできたものを、遊びのように言われたことが聞き捨てならなかったのです。何とかその場は抑えたものの、それ以降この閉ざされた職場に行って、のんびりとした時間の流れにひたすら耐えることが、苦痛としか感じられなくなりました。

 

思い切って復学を企てたのはこの後です。1年弱後に会社をやめて、フリーターとしてアルバイトかけもちをしながら学校へ通い、大学院編入へこぎつけました。

 

今思えばあの会社に行ったからこそ、本当に自分のなすべきことが見えたのかもしれません。その意味では感謝していますが、正直あの濁った空気に再び身を置くことは勘弁してほしい、と今でも思っています。

 

仕事が辛いその2.まともにら働く派遣よりも、仕事が出来ない社員の方が偉いのか?

 

28歳製造業、派遣社員でデスクワークをしていた時の事です。

 

私のグループは私を含めて5人、内1人がリーダーとしての作業が主で、実作業はその他4人で行っていました。内訳は私以外が全員社員で、私だけが派遣社員。

 

各々が違う作業を担当しており、Aさんの仕事が完了すればBさんの仕事が出来るようになる、といった、リレー形式で行う作業がほとんどでした。

 

それなのに、それぞれの作業は各個人しか把握しておらず、知識の共有化というものが全く出来ていなかったんです。

 

誰か1人でも休むと、それ以降の作業は全てストップしてしまう訳ですね。

 

しかもこの部署の作業は非常に専門的であり、少し教わった程度や、何となくで出来てしまうものではありません。それなのに作業標準書すら無い、極めて不安定なグループでした。

 

それでも、皆ベテランで自分達の仕事は責任持ってしっかり出来るというのならまだ救いがあったでしょう。

 

ところがこいつら、揃いも揃って皆全く仕事が出来ない!

 

一番のベテランが一番若い25歳。しかも責任感が皆無。納期が迫ってる時に限って突発で休みます。それも何日も。ひどい時は2週間近く来ませんでした。作業は全てストップです。かろうじて大まかな作業内容を知っている私が何とか対応していました。

 

もう1人はおじさんですが、出戻り組でほとんど初心者。

 

何もわかっていなさすぎて、許可なく勝手にデータを書き換えたりします。これらは社外のデータとも繋がっている訳で、無断で変えるなど言語道断です。

 

最後の1人は本当にありえないぐらい仕事が出来ない。

 

毎日毎日注意されても、最後までまともに進捗表すら書けませんでした。別に難しい事は何もなく、着手中とか日付とか書くだけなんですが…。

 

そんなやつらの尻拭いをするのは何故かいつも派遣の私なのに、派遣というだけで、彼らよりも下に見られていたのが本当に許せなく、ついに会社を辞めました。

 

派遣でもまともに仕事をしてる人をきちんと評価して欲しいものです。

 

働かない社員がそんなに偉いのか?不思議でしょうがなかったですね。派遣を大事にしない会社はろくな会社じゃないと思います。

 

その後、別の元同僚と飲みに行った際に近況を聞いたら、私が抜けた事でひどい有様だよ、との事で、ざまーみろって感じですね。

 

 

その3.ロッカールームがない。いまだにある男尊女卑な会社。

 

私が働いていた会社は、田舎にある家族経営をしているこじんまりした会社でした。

 

小売業で私は事務員として働いていたのですが、まず毎朝の朝礼がすごかったです。

 

毎朝全社員が一か所に集まり、社長の話を聞き、社員が当番制で決意表明を行い、最後にラジオ体操をするのです。

 

このラジオ体操をするというのは、当時働いていたおじいちゃん課長の提案だったのですが、女子社員は制服でスカートだったのでとにかく動きにくく、ラジオ体操に何の意味があるのか本当に分かりませんでした。

 

家族経営だったのでイベントなどもちょくちょくありました。

 

バーベキュー大会、クリスマス会などがあるのですが、女子社員は当たり前のように仕事よりもイベントの準備を優先させられました。

 

また、制服だったにも関わらずロッカールームがなく、男性社員がすぐそこにいるのに、簡単な板で仕切られたところで着替えなければならなかったのも本当に嫌でした。

 

男性用トイレと女性用トイレが別になっておらず、職場ではいつもトイレを我慢していました。

 

よくこの時代に時代錯誤な男尊女卑なことを出来るなと常々思っていました。

 

 

その4.「どうして出来ないの?」と言われ転職を決意。

 

私の前職は薬局助手です。事務が主な仕事でパソコンに向かう仕事でした。

 

辞める理由になったのは、上司から「前の人はもっと仕事量をこなしていた。仕事が半分も出来ていませんよ。」と言われて、退職を勧められたからです。

 

私は発達障害者です。集中すると周りが見えなくなったり、同時に2つのことができない障害です。

 

成人してから障害が分かり、一般企業でも働けると自分で思っていたのですが、「どうしてあなたはこんな簡単なことも出来ないの?」と毎日上司から言われるようになり、自分は普通に仕事をしているつもりだけど出来ていなかったんだと気付いたので、障害者枠で就職することを決めました。

 

転職活動はすんなり成功しました。1社目に面接を受けた会社で働くことになりました。

 

就職先は決まったけど、実際に仕事をするには受給者証が必要でした。この受給者証が出来上がるのに1か月かかったので1か月間は仕事が出来ませんでした。

 

入社した会社の主な仕事はシイタケの収穫で、とても働きやすい環境でした。

 

指導員も優しい人ばかりで、難しいことは何度も説明をしてくれました。最初は付きっきりで指導されていましたが、今ではもう仕事は覚えてバッチリなので、頼られる存在になりました。

 

障害者枠に就職して良いことがたくさんありました。自分を理解してくれることは嬉しいことです。障害者ばかり集まっている会社なので、コミュニケーションが難しい同僚もいますが、楽しく仕事をしています。シイタケの栽培の過程を知ることが出来て勉強になりました。

 

 

その5.この仕事向いてないと思いながらも続けていた

 

商業施設でのクレジットカード会員の勧誘のお仕事していました。

 

このお仕事は、とにかく「数字至上主義」みたいなところがあります。一日に何件獲得するかが重要。求人広告にはノルマはありませんと書いてありながら、数字については口酸っぱく言われます。

 

入会の人数だけではなく、ネットのサービスや保険サービスなども獲得しなければなりません。人からは「大変なお仕事だよね」とよく同情されていました。

 

勧めても断る人が多かったです。何十人と勧めてようやく一人獲得できればいい方です。全く獲得できない日もあります。自分の能力のなさも起因していると思います。

 

獲得できる人はたくさん獲得できます。勧め方が上手く、口も上手いです。

 

あと誰が何件獲得したのか、翌日、朝礼時に配られるスケジュール表に書かれていたのは、プレッシャーであり、ストレスでした。何のためのカードの獲得なのか分からなくなってしまいました。

 

なかなかカード会員を獲得できない自分、向いていないんだなって思いながら店頭に立っていました。

 

何度となく「辞めたい」と思ったり、転職も考えました。これよりもっと楽な仕事ないかな?って思いながら店頭に立っていたことも多かったです。

 

でも、他の仕事をと思っても、いいと思える仕事がないのが現実です。。だから仕方なく続けるのスパイラルです。他の仕事よりは時給もいいし、休み希望も聞いてくれる、こんなにわがままの聞く職場はないと思いながら、だましだまし続いていました。

 

もうちょっと頑張ってみようと思った矢先、商業施設の閉鎖が決まってしまいました。

 

新規会員は募集しないとのことで、早々と業務停止、そして失業。相手に言い寄られながらも「何度も辞めたい、辞めたい」と思い続けた結果、いつの間にか相手に振られてしまったようなものです。自分の意志ではない失業、気持ち的にはスッキリしないものです。

 

自分は40代、若い頃と違って仕事探しも苦労しそうです。自分に合う仕事はあるのか、新しい仕事は見つかるのか不安です。

 

 

その6.プライベートで厄年のようにいろいろな原因が重なって心労に。

 

今から10年以上も前の話ですが、私は大学を出てから一般企業に就職しました。仕事にも少しは慣れてきた1年目の冬に早速事件は起こりました。

 

私は電車通勤で毎朝満員電車にゆられて職場に行っていました。

 

そして、その日は家賃を振り込まなければならず鞄の中に家賃のお金も封筒に入れて持っていました。

 

いつものように電車を降りて定期を出そうとすると、定期がないのです。いくら鞄を探しても定期が見当たらずそして、家賃を入れていた封筒までもなくなっていました。

 

やられた・・・と思いました。満員電車の中ですりにあってしまったのです。

 

その日は警察に届け出をし、会社に報告し「もう今日は帰っていいよ。」と言ってもらい、とぼとぼ家に帰りました。

 

数日は落ち込みましたが、取られた物は返ってこないし、しょうがないとあきらめて、また普段通りの生活を送っていました。

 

しかし、また事件が起きたのです。年末も押し迫った12月の中ごろ、今度は家に帰ると家の中が荒らされていました。窓を見ると鍵の所のガラスが割られそこから鍵を開けて侵入された形跡がありました。

 

怖くなってすぐ警察に通報し、来てもらいました。こんな事が2回も続き一人で生活するのが怖くなってしまい、実家に戻る決心をしました。

 

仕事は楽しく働けていたので、残念でしたが、事情を伝え承諾してもらいました。

 

それからは、少ないながら、雇用保険をもらい、実家に居ながら転職活動を行いました。新卒ではないので、何か資格をと思い、転職しようと決めてから、医療事務の講座に通っていました。そして、地元の病院の事務として転職が決まりました。

 

1つの会社で長く働くのは理想ですが、いろんな状況で転職を迫られる事もあると思います。でも、転職をすると決めたら自分が何をしたいかという目的みたいなものを持って転職した方がいいかなと思います。

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